渋沢平九郎の顔画像(写真)がイケメン!子孫や死因が気になる!【青天を衝け】

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渋沢平九郎さんは、江戸時代末期の豪農出身の武士で剣術の腕前も凄くてイケメンだと言われています。

 

格好良い顔画像(写真)は何があるのかや、子孫や死因などが気になる方は多いのではないでしょうか。

大河ドラマでは、イケメンの岡田健史さんが演じることになっています(*^^*)

 

2021年の大河ドラマ「青天を衝け」の、主人公かつ、「新・一万円札」のおじさんこと渋沢栄一氏はイケメン俳優の吉沢亮さんが演じることで話題ですよね(*^^)v

 

他のキャストもイケメン揃いですが、その題材となっている渋沢平九郎(しぶさわ へいくろう)は、栄一さんの見立て養子なんです。

 

今回は、渋沢平九郎さんのイケメンな顔画像(写真)や、子孫や死因などについてご紹介していきます。

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渋沢平九郎の顔画像(写真)はイケメン!

渋沢平九郎さんの、顔画像(写真)はイケメンです。

生きていた江戸末期の時代は、写真は長崎を中心に技術が発展し、ペリーの来航とともに関東にも浸透した文化です。

 

当時は白黒写真で今ほど鮮明ではありません><

そんな、渋沢平九郎さんの顔写真(画像)は、面長でシュッとした顔立ちにキリっとした眉が印象的でイケメンです(*^^*)

 

青年ではありますが月代のない髷姿なのもちょっと幼いような雰囲気を与えています。

 

写真は一人で映っているので、背格好などは分かりにくいですが、色白で背が高いと伝えられています。
一説には、180cmの8頭身とも言われていました。

 

個人的にですが洋装でも違和感なさそうな顔かなと思います。

完全にモデルか俳優ですね(*^^*)

 

渋沢平九郎さんの本名は「尾高平九郎」といい、平九郎の姉・千代が渋沢栄一と結婚し、のちに平九郎を渡欧する渋沢栄一の見立て養子としたことで渋沢の姓を名乗っています。

 

きっと、現代のカラー写真で顔を写したら、白黒の時よりもっとイケメンだったりして(笑)
その可能性は十分あるのではないでしょうか。

 

令和の時代に生きている私達から見ても、惚れてしまうくらいのカッコよさがあるので、今の時代に生きていてもチヤホヤされていたでしょうね^^

渋沢平九郎は性格もイケメン?

渋沢平九郎さんは、性格もイケメンだったのかご紹介します。

人物像については、兄の惇忠が「渋沢平九郎昌忠伝」に書いています^^

それによると沈勇果毅(ちんゆうかき)だそうで、沈勇は落ち着いて勇気のあること、果毅は決断力があり意志が強いこと、を意味します

 

渋沢平九郎さんは、子供のから兄の教える学問所に通い、10歳から剣術も習っていて腕力もあったと言われています。

 

なので、育ってきた環境が落ち着いて状況を判断でき、いざという時に勇敢に戦い、芯のある青年を作り上げたのでしょう^^

 

そして、19歳で剣術を指導するレベルだったそうなので、勉強もできて剣術も強くて見た目もイケメンというパーフェクトな青年だったと言われていました(*^^*)

 

天は二物を与えずではなかったのでしょうか。
いつの時代にも完璧な人間はいるものですね(/・ω・)/

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渋沢平九郎の若い頃は異性にモテモテだった?

渋沢平九郎さんの、若い頃は異性にモテモテだったのか調査しました。

ルックス、スキルともに完璧人間であることは分かりましたが、女性関係はどうだったのでしょう。

渋沢平九郎氏の生家である尾高家は、米や塩や油などの商売をしており、両親は店を経営していました。

 

平九郎も時々店を手伝ったそうですが、平九郎が店に立つと町の娘たちはそわそわしていたそうだという話が残っているそうです(*^^*)

 

渋沢平九郎さんの顔画像(写真)を見ても、実物でもイケメンだから当然でしょうね^^

 

生い立ちから生涯まで、異性には常にモテていたと言われていました。

 

ただ、若い頃の死因が壮絶すぎなので、男気のある、まさに「漢」のような性格だったので早くにこの世を去ることになっています>

その男気に、心底惚れ込んでいた女性も多いでしょうね。

 

尾高家があるのは埼玉県深谷市です。
今でこそ大きな町ですが、当時はド田舎とは言わないまでも、江戸の活気や暮らしとはやはり違うものであったのでしょう。

 

田舎に急に、格好良い人がいると話題にもなるのも早かったでしょう。

 

当時は今のように女子からグイグイ行くこともないでしょうから、遠くで顔が見れれば良し、声が聴けたら家宝もの、接客してくれたらどうなっても良い!?くらいのことにはなりそうですよね。

 

ですが、江戸から明治にかけての尊王攘夷運動も激しい時代に、戦いに身を投じていた渋沢平九郎には妻がいたという記録は残されていません。

 

家族と一緒に写っている顔画像(写真)は、早くから帰らぬ人になっているので少なそうですよね><

 

イケメンの遺伝子は、子孫には継承されているかもしれません。
ただし、渋沢平九郎さんには、奥さんも子供も居ないと言われています。

 

平九郎の姉・千代が、嫁いでのちに平九郎の養父となる渋沢栄一さんには、奥さんと妾がたくさんいて、子供が50人居たと言い伝えられていました。

渋沢平九郎さんの死因が凄い?

渋沢平九郎さんの、死因が凄いと囁かれているのでご紹介します。

剣の腕が立ち頭もよかったので、兄の惇忠や従兄などが尊王攘夷運動に参加しており、平九郎も攘夷運動に関わるようになっていきます。

 

その際に参加していたのが「彰義隊」です。

 

元々は、徳川慶喜の護衛として集まった志士でしたが、慶喜が江戸を離れた後も徳川家の霊廟を守ることを目的として江戸に残っていた部隊です。

 

彰義隊の頭取は平九郎の従兄の渋沢成一郎で、平九郎も大二青隊伍長となっています。

色々あって彰義隊が振武軍と二つに分かれると、平九郎は振武軍に移った成一郎について振武軍に参加します。

 

彰義隊が振武軍と別れたのちに起こったのが有名な上野戦争で、そこで散っていった若い志士が彰義隊として今も有名です。

 

振武軍は彰義隊の救援に行こうとしますが間に合わず、飯能の地に追い詰められてしまいます><

 

振武軍劣勢の戦いが続き、一人になった渋沢平九郎さんは、飯能と越生の境あたりの顔振峠にたどり着きます。

 

そして、茶屋で百姓に化けて逃げるのですが、その時になぜか安全な秩父方面へは行かず、越生の方に行き、新政府軍に遭遇します。

 

百姓に化けるために大刀を茶屋に預けていた平九郎は、敵3人に小刀で応戦し、重傷を負わせますが、自身も肩や足に傷を負ったそうです。

 

それでも渋沢平九郎さんの、鬼気迫る戦いに恐れをなした新政府軍の斥候が仲間を呼んで戻ってくると、平九郎は川岸の岩に座って命を絶った事が死因だと言われています

 

小さいころから沈勇果毅という性格だった渋沢平九郎ですが、勇敢で強く、潔い青年だったんですね(*^^*)

 

これ以上の戦いは勝てないと判断したときに、敵にやられるまで暴れぬくのではなく、敵の強さを認めて観念し、自ら天国に旅立つ選択をすることのできる人は少ないのではないでしょうか。

 

「自分を客観的に分析し、相手の強さを認めるなんて今の時代でも出来ない人がいっぱいいますよ!!」と伝えたいくらいです(笑)

これが侍の矜持(きょうじ=プライド)なのでしょうか。

 

最後までカッコいい渋沢平九郎さんですが、天国に旅立った後は残念ですが、さらし首にさせられています><

 

最期に闘い、果てた地域では、この渋沢平九郎の戦いの凄さを称えて「脱走の勇士様」(だっそさま)として今も大切に祀られています。

渋沢平九郎の子孫について!

渋沢平九郎さんの、子孫についてご紹介します。

先にも書いたとおり、結婚していないと言われていますので直径の子孫はいません

 

子供と一緒に写っているツーショットの顔画像(写真)も見たかったので残念ですね><

 

養父である渋沢栄一には庶子を含めると50人も子供がいたと言いますし、その渋沢栄一の奥さんは平九郎の姉・千代です。

 

渋沢平九郎さんがイケメンということは、きっと兄弟姉妹も整った顔だったのでしょう^^

それならば、渋沢栄一の子孫の誰かが、平九郎に似ていてイケメンであってもおかしくないのではと思います。

 

隔世遺伝ではないですが、そんな素敵な縁があっても良いはずですよね^^
そう思いたくなるほどに、渋沢平九郎さんは好青年で去り際までカッコいい男でした。

渋沢平九郎のイケメンエピソードをご紹介!

渋沢平九郎さんの、イケメンエピソードをご紹介します。

 

生涯のほとんどが、戦いに生きた人物なので「新政府軍」と戦って壮絶な死因となったわけですが生き恥をさらさなかった姿は格好良いですよね。

 

人生最後の戦いの時に、逃げ延びて家族をつくり静かに余生を送っていれば子孫や子どももたくさんいたのでしょう

 

それをしなかったのは、自分の生い立ちから生涯を美談として語って欲しいという思いもあったのではと私は思っています^^

 

また、美女にうつつを抜かしたとか、実は浮気をしてたとかそういう残念なエピソードが出てこないあたりが本当のイケメンなんだと分かりますね(*^^*)

 

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渋沢平九郎のまとめ

渋沢平九郎さんの、顔画像(写真)を見ると、面長でシュッとした輪郭や眉が整っていてイケメンです。

幕末を、侍としての信念を貫いて生きてきて、新政府軍との戦いに敗れてしまいます。
そして、新政府軍との戦いで、最後は自分の手で自ら天国に旅立った事が死因と言い伝えられています。

 

ただ、顔が格好良いというだけでなく、全てを兼ね備え、生き様までもがイケメンですよね。
若くして、帰らぬ人になったことがもったいないくらいの好青年でした。

こういう自分を曲げないかっこよさが、今の時代でもきちんと伝わっていることが何よりうれしいです(*^^*)

大河ドラマのメインではないですが、むしろこっちメインでお願いしたいくらいの見どころ満載な激動の人物史を知っていただけて嬉しいです。

 

渋沢平九郎の顔画像(写真)がイケメン!子孫や死因が気になる!【青天を衝け】

についてまとめてみました。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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