柳原白蓮の結婚した夫(旦那)や子供(子孫)は誰?家族構成が気になる!

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柳原白蓮さんが、とても綺麗な女性なので結婚した夫(旦那)や子供(子孫)は誰かいるのかなど、気になる方は多いのではないでしょうか(*^^*)

 

大正から昭和の時代を生きた歌人で、朝ドラ「花子とアン」では、この白蓮をモデルにした葉山蓮子を仲間由紀恵さんが演じていましたね。

 

白蓮は、大正三美人ともいわれ、とても美しい人でした。
彼女には生涯で3人の夫がいます。
彼女が2度目の夫に、新聞紙上で絶縁状を突き付けた「白蓮事件」は、当時大いに世間をにぎわせました。

 

今回は、柳原白蓮さんの結婚した夫(旦那)は誰なのかや、子供・子孫などの家族構成についてご紹介していきます。

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柳原白蓮の結婚した夫(旦那)は北小路資武!

柳原白蓮さんの、結婚した夫(旦那)は北小路資武(きたこうじすけたけ)さんです。

なかなか現代では馴染みのない名前ですよね(>_<)

 

 

資武は、北小路家の当主北小路随光(きたこうじよりみつ)が愛人に産ませた子供で養子として北小路家に入っています。

 

北小路家には3人の子供がいましたが、若くして帰らぬ人になってしまったため、資武が里子先から帰って来た所を養子として迎え入れています。

 

年齢は、柳原白蓮さんより7つ年上です。
人柄としては女癖も悪く、すぐに暴力をふるう粗暴な性格、また、中学の卒業もままならず、知的障害も抱えていたという噂もあります。

 

 

嫉妬深い男だった資武は、白蓮が他の男性と同席するだけで、暴力を奮ったこともあったそうです><

柳原白蓮さんは、いずれこの資武が結婚した夫(旦那)になると言う柳原家との約束で、柳原家から北小路家へ養女にさせられます。

 

しかし、養女になるのはよくとも、その婚約は、若い頃の白蓮自身が承諾したことではありませんでした。

 

そもそも、勉強熱心な白蓮とは話も合うはずがなく、資武との結婚は受け入れがたいものだったようですね。

 

しかし、結婚が破談になることは無く、明治33年の8月、白蓮と資武は結婚し、翌年には長男である功光を出産します。
結婚したことで、入学した学校も退学させられてしまいます。

 

 

柳原白蓮さんにとって、辛い結婚生活は5年続き、子供を北小路家に残すことを条件に離婚するのです><

柳原白蓮の結婚した夫(旦那)は伊藤伝右衛門!

柳原白蓮さんの、結婚した夫(旦那)は伊藤伝右衛門さんもいます。

再婚した相手は、九州の炭鉱王と呼ばれた事業家です。

 

 

伊藤伝右衛門は、貧しい家のうまれでしたが、その才覚によって事業を拡大し、一代で多額の財を築いた人物なんですよ(*´▽`*)

伝右衛門がその合併の際、調整にかなり尽力した福岡銀行は今も名前を残しています。

 

 

結婚当時の柳原白蓮さんの年齢は25歳、夫となる伝右衛門は50歳で親子ほどの年の差です。
また、実業家として成功した富豪とはいえ、元々は炭鉱労働者であり白蓮は華族の令嬢です。

 

身分、教養、ともに不釣り合いであり、当時としては異例の事でした。
様々な憶測と話題を呼び、伝右衛門も「素性卑しき炭掘男」と揶揄されていたと言います。

 

 

私は、歌人として短歌を読んでいたりして頭も良いと思いましたし、村岡花子さんのように美貌も兼ね備えている女性だなと思うので素敵な印象です(*^^*)

 

そして、この結婚は、白蓮の意にも沿うものではありませんでした。
前回の縁談を嫌がって逃げ出していたこともあり、白蓮には見合いの席だとは知らされず、伝右衛門と顔を合わせます。

 

もちろん、白蓮は結婚を拒みますが、兄嫁の説得もあり、嫁ぐことになります。

 

一度目の辛い結婚の後です。
心のどこかには、幸せな結婚を夢見る気持ちがあったのかもしれませんよね(>_<)

 

 

実は、柳原白蓮さんは天皇陛下と美智子さまの結婚反対運動をしているエピソードがあるので、よっぽど男性と籍を入れて夫(旦那)と一緒に生活をする事に強い拘りを持っていたと思います。

 

白蓮との結婚写真が残っていますが、伝右衛門は、50代とはいえ、ハンサムな顔立ちです。
ただ、それもあり女性関係もかなり派手だったようですね。

 

天国に行った妻との間には子どもはいないと聞かされていたのに、嫁いだ家には愛人やその子供も暮らしていました><

 

 

そのことに、白蓮は随分悩まされたと言われています。
なんだか家族構成が複雑そうで、子孫の方は家系図とかあれば、昔はどんな繋がりがあったのか確認するだけでも大変そうですね。

 

 

伝右衛門は白蓮の為に住む家を改装したり、別荘を建てたりと様々な形で彼女へ愛を、物を与えることで示します。

 

しかし、結婚から10年、3人目の夫となる宮崎龍介と出奔し、新聞紙面で絶縁状を突き付けた「白蓮事件」によって、この結婚生活に終わりが告げるのです。

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柳原白蓮の結婚した夫(旦那)は宮崎龍介!

柳原白蓮さんの、3人目の結婚した夫(旦那)は宮崎龍介さんもいます。

弁護士でもあり、戦前から戦後にかけて活動した社会運動家でもあります。

 

父親は、辛亥革命を支えた革命家である宮崎滔天、母は「草枕」のモデルとなった女性である前田卓の妹・槌子。

 

父が革命家、ってすごいですよねΣ(゚Д゚)

 

宮崎家には、あの有名な中華民国の国父と呼ばれる孫文も出入りしていたと言われています。
龍介は、そんな平凡ではない夫婦の長男として熊本にて誕生します。

 

父親は革命運動に夢中で、家系の担い手は母一人でした。
さらに父滔天の活動を支えるため、先祖伝来の田畑を売り払うなど、宮崎家はかなり経済的にも苦労したようです。

 

そんな中、龍介は貧しいながらも勉学に励み、帝国大学の予科である第一高等学校に入学するのですが、結核を発症し、病に悩まされます。

 

一時、高校を休学したものの、なんとか病状が落ち着いた1916年に東京帝国大学に合格し、法科大学仏法科に入学しました。

 

その後、「解放」という雑誌の編集に携わっていた宮崎は、柳原白蓮さんと編集と執筆者という立場で出会うのです。

その後、柳原白蓮さんの上京の度に一緒に遊び、とうとう白蓮は宮崎の元へ行ってしまいます。

 

一連の事件を経て、伊藤と白蓮の離婚が成立し、宮崎と白蓮は夫婦となりました。
大学を卒業した龍介は弁護士となるのですが、その直後に結核が再発します(>_<)

 

妻となった白蓮は、病に倒れた宮崎を経済的にも身体的にも献身的に支えます。

 

宮崎の病状が回復後も、白蓮は影日向となって様々な形で結婚した夫(旦那)をサポートしていくのです。

 

三度目になるこの白蓮の結婚は生涯続き、一男一女、子供にも恵まれます。

 

柳原白蓮さんが天国に旅立った時、「文藝春秋」にて宮崎は白蓮についてこう語っています。

 

「私のところへ来てどれだけ私がこうふくにしてやれたか、それほど自信があるわけではありませんが、少なくとも私は、伊東や柳原の人よりは燁子の個性を理解し、援助してやることができたと思っています。

 

波乱にとんだ風説の前半生をくぐり抜けて、最後は私のところに心安らかな場所を見つけたのだ、と思っています。」

 

白蓮はこの人といて幸せだったんだな~っと思うのは私だけではないですよね^^
そして宮崎自身もとっても愛していたのでしょう。

 

こんな夫婦に憧れますね(*´▽`*)

柳原白蓮の子供をご紹介!

柳原白蓮さんの、子供をご紹介します。

 

3人のお子様がいて、北小路資武との間にうまれた北小路功光、宮崎龍介との間に授かった香織と蕗苳です。

 

そして、北小路功光の5歳の時に、資武との離婚により白蓮は功光と離れ離れになっています。
その後、大学に通う際に、白蓮が再再婚した宮崎家に下宿して通っていたと言われています。

 

ただ、白蓮へは愛憎兼ね備えたものがあったようで、歌集の「説庵歌帖」は母白蓮への愛憎がテーマとなっているのですね。

 

4回ほど結婚と離婚を繰り返したようですが、子供がいたかどうかはわかっていません。
時間が経つほどに、凄く家族構成が複雑になってくるでしょうから、家系図も凄そうですよね^^;

 

宮崎家の長男である香織は、早稲田大学在学中に学徒出陣、所属していた陸軍基地が爆撃を受け、23歳で天国に旅立っています。

 

終戦後、次々と戦争から戻ってくるのを見て、娘の蕗苳息子の帰りを心待ちにしていた時に、白蓮はその電報を受け取ったと言われています。

 

終戦のわずか4日前に、ご逝去されたそうで、それを知った柳原白蓮さんも辛かったでしょうね><

 

宮崎家長女の蕗苳さんですが、華道家として活躍し子孫繁栄の為もあるのか、兄の代わりに宮崎家を継ぎ二人の子供がいらっしゃいます。

 

母親の柳原白蓮さんについての本も数冊出版されています。
朝ドラ「花子とアン」が話題になった際には、インタビューなども受けていました(*^^*)

 

上品な雰囲気は母である白蓮にもよく似ていますね^^

柳原白蓮の子孫をご紹介!

柳原白蓮さんの、子孫をご紹介します。

 

蕗苳(ふき)さん・黄石さん・石基さんがいて、黄石さんが生まれた際、天国に旅立った長男の香織の生まれ変わりだと、とても可愛がっていました(*^^*)

 

子孫の黄石さんは、蕗苳さんと一緒に写っている写真がありますが、穏やかで上品な顔をされていますね^^
石基さんは、あまり表立っての情報はありませんでした。

 

賑やかな宮崎家で育った蕗苳さんのお子さんですから、ご兄弟もに仲良く過されていたんでしょうね(*´▽`*)

柳原白蓮の家族構成について!

柳原白蓮さんの家族構成についてご紹介します。

宮崎家の家族構成は、夫の宮崎龍介、長男の香織、長女の蕗苳(フキ)です。

 

また、宮崎家には龍介の父、滔天や母の槌子も同居していたと言われています。
結婚した夫(旦那)の龍介が病に倒れた際は、柳原白蓮さんにとっては姑である槌子が家事を手伝いサポートしていました。

 

なんでも白蓮、裁縫は得意だったものの、洗濯や料理が大の苦手だったと言われています。(>_<)
また、白蓮は家計の担い手として執筆もしていたので、この姑の存在はありがたかったのではないでしょうか。

 

舅(しゅうと)である宮崎滔天(みやざき うてん)は、白蓮事件以降、実家の柳原家で監禁状態にある白蓮に励ましを送るなど、家族として温かく迎え入れています。

 

白蓮事件はその当時としても激しくセンセーショナルな出来事だったのですが、その後の白蓮は温かな家族に囲まれたのだと想像できますね^^

 

娘である蕗苳さんによると、家の中には宮崎家の家族以外にもたくさんの人が同居しており、にぎやかだったと言います。

 

父の龍介を慕う若い人や、困った境遇にある家族の子女など多い時では10人近くと言いますから驚きですね。

 

賑やかだった宮崎家、家族写真が残っていますが、白蓮もいい顔をしていますので幸せであったんでしょうね(*^^*)

 

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柳原白蓮のまとめ

柳原白蓮さんには、3人の夫(旦那)がいて、一人目の北小路資武との結婚は、意に沿うものではないばかりか、経済的にも貧しく愛にも恵まれないものでした。

再婚した伊藤伝右衛門との結婚では、経済的には不自由しませんでしたが、愛もなく、またしてもそれは幸せとは言えなかったようです。

 

そして、はじめて、白蓮が自分の意志で選んだ宮崎龍介という夫、苦労をしなかったとは言えないかもしれません。

しかし、伝えられる白蓮のエピソードからは、宮崎龍介との結婚は、先のものより何倍も何十倍も温かなものを感じられるものであったようですね。

 

 

柳原白蓮の結婚した夫(旦那)や子供(子孫)は誰?家族構成が気になる!

についてまとめてみました。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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